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母子で学ぶ哲学講座

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それぞれに、それぞれのキャラクターが浮かび上がり、あるいは背景に沈んでいくことでしょう。特に、古今を問わず、母子(父子)の関係はドラマチックです。

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一般的解説も可能でしょうが、まず、わたしがこの講座を開設するにあたって、「わたし」について少々話しておかなければなりません(この姿勢こそいまの教育の突破口になる、わたしの信念です)。

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わたしは母との関係において教育の礎を得ました。そして、わたしの思想もまたここに発しています。なぜ、母なのか?なぜ、母を消して(敢えて曖昧な表現にしますが)はならないのか?「母の死」を願いながら、母の存在を認めなければならない。何度も彼岸へ送り込みながら、亡霊のごとく戻ってくる母。これがわたしの個人的な母子の関係です。

このような人間のもと、母子についての議論は、あてどなく繰り返されました。多くの思想に触れ、それぞれの答えを理解しながら、未だ自分の答えはでていません。

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大いなる疑問、そして果てることのない問いと答え。これらが明かしていることは、問い自体が答えるべきものになっている、ということです。そして、これが哲学の道であることだけは、ようやく理解しました。

わたしのもとに、子供からの母親相談(お母さんからの子供教育相談だけではなく)が頻りに舞い込んできたことが、その証拠となるでしょう。

 

boshi_005このように考えてください。
そして、その主役が「母子(父子)」であるのです。この責務を共に担っていこうではありませんか。

本講座では、フランスのモラリスト(道徳家、あるいは人間探求家)であるモンテーニュやアラン、あるいは寓話作家や童話作家などを読み解いていきます。古今東西の思想家が適宜、登場してくるでしょう。

もちろん、ここは大学ではないですから、テクストの解説をすることが本講座の目的ではありません。フランス語を日本語訳する、このような受験勉強をするのではなく、知識を活かしていくことが主眼です。

1.まずテクストを読みます。

2.みなさん自身の体験と対照させて下さい。

3.それぞれの「感想文」を書いていただきます。

これは文章ですから、虚偽も妄想もまた事実です。なんの衒いもいりません。

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子は母(父)にとって理解を超えたものである、これはみなさんうなずかれるでしょう。しかし、母(父)も同様に、子にとって理解を超えたものです。敢えて言うなら、子供にとっては、明日の自分もまた理解不可能なものであるはずです。その可能性から目を逸らしては…

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ただでさえ心の伝達が難しい昨今。表面的には、わたしたちには、豊かなコミュニケーション手段があるようです。けれどもそれらは、極々、薄っぺらなものです。こんなものでみなさんの心が伝わるはずありません。

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目と目、耳と耳、口と口でもって伝え合うことです。

まずは自分自身と対話してください。きっとこの授業で「こんなわたし」が見いだせるはずです。子供たちは、日々多くの自分を身につけてきます。しかも、多面的な自分です。それに遅れをとっては、同じ言葉で、繰り返し、叱りつけるだけの関係になってしまいます。これまでわたしと面談してきたお母さんたちは、同じ言葉の反復、ここに恥じらいを感じていらっしゃいました。いやいや、これこそ誠の母(父)親像です。そこに自信を持ってください。そのためにわたしは、「母子(父子)で学ぶ哲学講座」を始めました。子供の学習能力に劣らず、母(父)の力をわたしは尊重しています。

もう一度伝えます。

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そのきっかけが本講座となることでしょう。
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最後に、モンテーニュの言葉を贈ります。
「子供を立派な人間にしようと思うならば、この者に若いときの苦労を免れさせてはならない。 」
« Qui en veut faire un homme de bien, sans doubte il ne faut espargner en cette jeunesse. »